2011年12月26日 (月)

やっぱり雪だ

P1020627_2  今年も残すところあと数日に迫った。お正月は美山に帰れないので、何やかやと用事もあってあわただしい思いで帰ってきたが、やっぱり大雪だった。
 しばらく留守にしていた家はまるで冷蔵庫みたいに冷え切っていて,ストーブをガンガン焚いても,半日もしないと家中が暖まらない。余りに寒くて家の風呂に入るのもイヤなので,河鹿荘に風呂に入りに行った。さすがこの年末で誰も来ていなくて,貸し切りの露天風呂でバラ風呂を楽しんだが、首から下は湯の中でも,頭には雪がちらほらと降って,一杯やりたい気分になった。

 庭の植木の剪定をして、軽トラと乗用車のタイヤを冬用に交換し,除雪機の整備をし、これからの大雪に備えた。

 これから3ヶ月ほどの間は、鉛色の雪空に閉ざされて,美山はもっとも憂鬱な季節を迎えることになる。
 

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2011年11月27日 (日)

今年の紅葉

いつまでも暑い日が続き、今年は秋が来ないのでないかと思っていたが、急に寒くなってやはりP1020556 急に木々は紅葉した。
しかし、例年のように燃えるような赤ではなく、茶色っぽい枯れかけたような色で、美しくない。ほとんどの木々が、紅葉する前に枯れたようになって落葉している。これも地球の温暖化と関係するのだろう。温暖化すると、四季がなくなって、夏と冬だけになってしまうそうだが、もう秋はないのかもしれない。

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2011年11月13日 (日)

合同法要

P1020534  美山町光瑞寺で合同法要があった。
 合同法要は1周忌から50回忌を迎える檀家の家族が年に一度お寺に集まって合同で法事をするのである。僕の息子もちょうど13回忌を迎え、命日には家族だけでささやかな法事を済ませたが、合同法要でも皆で供養をしてくれるということで参加することになった。
 実は昨年亡くなった小馬勝美さんの奥さんから頼まれて、「感話」というものをすることになっていた。感話というのは1周忌とと50回忌を迎える遺族の身内各一人が代表で個人の思い出などを語ることで、住職の法話の前座である。僕は小馬さんの身内ではないけれど生前家族つきあいをしていたので、家族代わりに話をすることになったのである。

僕は美山に週末毎に通うようになって、もう20数年になるけれど、親しくさせてもらって20年間いつも小馬さんと一緒に過ごしてきたような気がする。人は山や川がいくら美しいからといって、楽しく生きていけるわけではなく、人と関わり互いに交わる中で心地よい生活ができるし幸せにもなる。人とよい関係を培っていくことの大切さを小馬さんから学んだ。
また、息子は若くして突然事故により亡くなって、僕はその悲しみと落胆から容易には立ち直ることができなかったが、息子の死をきっかけに、人はどのように生き、また死ぬべきかの死生観を考えるようになり、そのことが生命倫理や医療倫理に目を開くきっかけになった。だから、現在の医療法を専門とする僕の仕事の中で、息子は今も生きている

だいたいこのような趣旨の話をしたところ結構好評だったようで、後で多くの方から「いい話を聞いた」とお褒めにあずかって、うれしかった。

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2011年9月22日 (木)

夏の終わりに

Img_2140s Img_2124s Img_2135s 東北で大地震があったこの年の夏は、つらいものがあった。
 つい先だっては未曾有の長雨に襲われ、紀伊半島では山崩れや川の氾濫でたくさんの人が亡くなって、未だに避難生活を余儀なくされているというのに、またぞろ台風15号が日本列島を縦断し、人々は自然の脅威の前になすすべを失っている。

 私の田舎暮らしについていえば、今年はちょっとつまずいた。
 昨年小馬さんが突然亡くなって田舎に帰っても誰とも会うことがない日々が多くなっていささか寂しいのと、私も仕事の忙しさと、長距離を一人で車を運転して田舎に通うことが、少々苦痛に感じる年齢になったこともあって、どうしても足が遠のきがちになったのである。
 田んぼをあきらめたことも大きい。昨年までならば今頃はお米の収穫を終えて、新米を味わう喜びに浸っていただろうに、今年は去年まで稲作をしていた田んぼに自然と足が向いて、刈り取られたコシヒカリの跡と、これから刈り取るキヌヒカリが実らせている風景を指をくわえてぼんやり眺めている。
 田舎に足繁く通わなくなると、家の周りには草ぼうぼうとなり、気まぐれで植えた野菜は雑草に埋もれほとんど消えてしまい、周りには引き抜けない頑固な草たちに占領されてしまって手がつけられなくなった。それでも破れた囲いから動物が侵入してくるようで、落ちた栗もイガばかり残して中身はきれいに食べられている。鉄のパイプで組み立てた頑丈なキューイの棚は昨冬の大雪で倒壊し、やり直さなければならないと思っているうちに、キューイの枝がはびこって、棚を立て直すことが不可能となり、周りは背丈ほどある夏草とススキに覆われてしまった。田舎暮らしは手を抜くとこの有様である。こうなればこの冬すべての植物が枯れて、来年の春早々に一から挑戦するほかない。
 去年と変わったことをもう一つあげれば、イノシシや鹿、それに猿までが横行し、人間の生活を脅かすようになった。それで山から里に下りてくる境にまるで万里の長城よろしく網の囲いを張り巡らしたことである。私の家からお墓に上がる林道にはゲートまで作られ、囲いの上には電線が張り巡らされて24時間高圧電流が流れている。(ちなみに電源は私の家から取っています)

 話は変わるが、北村は相変わらずの観光人気で、今は蕎麦の花盛りである。
 写真は北村の蕎麦畑と電柵のゲートと、それに去年まで私が稲作をしていた田んぼの風景である。
 田舎暮らしもますます寂しい。

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2011年8月27日 (土)

夏の終わりに鮎を食う

早くも鮎のシーズンは終わりました。
私は今年は解禁の時のほかは2度ほど釣りに行った切りで、成果もはかばかしくもありませんでした。そんなわけで、鮎は殆ど口に入らなかったのですが、網入れ解禁になって、鮎が手に入るようになったので、院長をはじめ病院関係のメンバーを招待して鮎を食う会を開きました。P1020404
鮎は西さんに頼んで大量に採ってきてもらい、鮎の塩焼きと鮎めしと皆さん大いに楽しんでもらいました。この日は、ひさしぶりに石窯にも火を入れ、鶏の丸焼きとカボチャ、なすび、タマネギ、トウモロコシなど野菜をそのまま窯に入れて蒸し焼きにして素材のおいしさを堪能しました。夜」遅くまで賑やかに語り、夜のふけるのも忘れました。
ささやかな夏の終わりの楽しみですが、秋はもうそこまで近づいています。

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2011年8月15日 (月)

セピア色のお盆

Img_2105_2 お盆に墓参りのために美山に帰ってきた。
今年は息子が亡くなって13回忌にあたるお盆である。
息子を亡くしたときは、自分の人生がなかば終わったような気がして、長く生きるつもりもなかったが、思わぬ長生きをして13回忌を迎えることができた。
 あっという間の12年であったが、私にとって年月の経過は悲しみを忘れさせてくれるものではなかった。痛みは少し鋭さを失って、穏やかなものになったけれど、今も胸の中で密かに思いは重く沈みこんでいて、時にそれがこみ上げてくる。
 私も他人も、今ではすっかり忘れたような顔をして、毎日を過ごしているけれど、私にとって、あの日の不幸は未だ過去のことではなく、時に何もかもが一気に色あせたセピア色に染まってしまうことがある。

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2011年7月11日 (月)

猫が来た

P1020237  娘が猫を飼いだして、家に連れてきた。白いソックスをはいた黒のマンチカンという猫らしい。
 これがなかなかのやんちゃ猫で、あっという間に大きくなって、噛みつくわ引っ掻くわ、何処へでも上るわで、大変です。
 娘もこんなものを飼うと、ますます行き遅れるわな!(もう遅れているけど・・・)

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2011年7月 9日 (土)

梅雨が明けた

P1020194_2  やっと梅雨が明けた。昨夜は一晩中晴れ渡って、天の川が美しかった。

 今日からは、美山川も本格的に鮎釣りのシーズンに突入。
 このところ解禁で坊主をくらい、私の鮎釣りの腕も鈍ったものと嘆いたいたのですが、夕方からちょっと川に入って、晩のおかずに、数匹は釣れるようになり、これから少しは楽しめそうです。

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2011年5月 5日 (木)

まだまだ桜が・・・

P10201431 今年の冬は長かったんだなあ。
5月になったというのに、我が家のしだれ桜がまだ咲き残っているのです。
 八重桜と山桜は、これからという状態です。P1020134

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2011年4月23日 (土)

今年も花見

P1020114 いつものように今年も花見をしました。今年は花の咲くのが遅くて、長谷運動場のしだれ桜はまだ十分花が残っていました。

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